2010年3月 2日 (火)

電話攻撃、雨あられ・・・

今朝、いつも通り出社し、掃除を終えたとたん、

親会社用の電話がひっきりなしに鳴りまくり。

兄弟会社の方で、親会社の物件をレインズに載せたので、

色んな不動産屋が問い合わせの電話をしてきたらしい。

文字通り、鳴りっぱなしの電話に、全員が唖然。

朝10時半を過ぎても、私は電話に掛かりきりで、

自分の仕事が全く出来ず、別の電話に出ている間も、

問い合わせが相次ぎ、その間に会社の携帯も鳴るので、

一度に3つの電話を持つ私はトイレに立つ事も出来ない。

青ざめて次々と電話に出る私を見た設計達が、

流石にひどいと思ったらしく、手分けして手伝ってくれたが、

それでもお昼まで電話は鳴りっぱなしで、

問い合わせの件数は50件近くになり、

出社して来た専務 I が激怒し、電話線を引っこ抜いてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは不味いだろ

結局、問い合わせはFAXでしてくれと登録し直したが、

たぶん、誰もその注意書きは見てないだろうから、

電話がつながらないと怒ってたろうな

| コメント (0)

2010年3月 1日 (月)

根が生えた邪魔者

今朝、いつも通りに出社すると、設計達がすでに出社し、

掃除を開始していたので、私もすぐに掃除開始。

掃除を終了すると、朝9時頃に設計の新人さんが出社して来た。

今日から営業2人と設計1人と工務が1人、計4人も増えるので、

席が足りなくなり、営業達は事務所から追い出され、

北条口に在る別の事務所に移動する事になった。

ところが、何故か専務 I が訳の分からない理屈をつけ、

自分は残らないといけないと言いだした。

私が毎日まわす請求書を見ないといけないからと言うが、

請求書は毎日来ない上、殆どの請求書は、

購買部長Tの担当なので、専務は見る必要が無い。

業者との打ち合わせがあるやろと言うが、

それも設計達の仕事で専務は関係ないし、

どうしても打ち合わせが要るなら、

社長のように、その時だけやって来るか、

北条口の事務所で打ち合わせをすればいい。

それを私から聞いた部長も設計Yも、

全然意味分からんと首をかしげていた。

結局、設計YとKが専務の無意味な都合は聞けないと、

設計Yが強引に専務の席を奪い取り、

専務は入口付近に適当に追いやられてしまった。

引越し作業の間も、専務の荷物は超邪魔物扱い。

専務Kは気持ちよく、すっぱり引越ししてくれたのに

夕方になり、やっと全員が落ち着いて仕事をしていると、

ばたばたと専務 I がやって来て、新しい席に着いて、

席の周りにある全員が使う予定の棚に自分の資料を置き、

誰にも使えないようにしてしまった。

全員に、居座る気満々やなとぶちぶち文句を言われながら、

それでも自分の好きなように机を整えていたが、

4月から事務員が2人入り、完全に席が足りなくなるので、

今度こそ出て行ってもらわないと困るんだけどなぁ

| コメント (0)

2010年2月 7日 (日)

いつもの如く・・・

昨日は休んだし、一昨日には図面が3つ程あがっていたので、

今日が忙しいだろうと思いながら出社すると、

予想に反して図面が置かれていない。

はれ?と思いながら、山の書類を片付けていると、

設計達が次々に図面を渡してきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・今、最終が上がったのね

日曜日だというのに、結局、夜8時過ぎまで残業。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日も疲れた

やれやれと帰宅すると、両親がボクシングの試合を観ていた。

なんで亀田を?と訊くと、弟が会場に観に行っているので、

客席を探しているが、ちっとも見つからないと言う。

・・・・・・・・そういや、ボクシングの試合に行くと言ってたな

私も一緒に探してみたが、どうやらリング傍には居ないらしく、

どうしても見つからない。

安い後ろの方の席なんやろうなぁ

| コメント (0)

2010年1月15日 (金)

忙しい時程、ウーとまったり。

今週は絞め日なので、朝、出社すると、机の上は請求書の山。

掃除終了後、急ピッチで進めても、次々と送られてくるので、

ちっとも減らず、夜8時半を過ぎても仕事は終わらない。

結局、夜9時近くに仕事を終了して帰宅すると、

ウーがぷりぷり尻尾を振ってお出迎え。

夕食中もずっと私の傍から離れようとしない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・可愛いなぁ

| コメント (0)

2010年1月11日 (月)

戦国の夢から現代へ

今朝はまだ疲れが取れず、何とかのそのそ起きて出社。

案の定、机の上は書類の山で、私は大忙し。

しかも、待ってましたというように、次々と仕事が回って来て、

やってもやっても追いつかない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそん

結局、いつもより遅く夜9時近くまで残業。

お土産のどら焼きが好評すぎて、速攻で無くなったりと、

相変わらず笑える会社だったが、流石に今日は疲れた

| コメント (0)

2009年12月31日 (木)

光陰矢の如し

もう早、年末。

今日は朝から、母がお節の用意をしていたが、

私はウーと一緒にごろごろしていた。

朝8時半に起きると、お節の用意はほぼ終了。

・・・・・・・・・・・・・・結局、手伝わず

| コメント (0)

2009年12月25日 (金)

季節外れの「Trick or treat」?

今朝、いつも通りに出社し、掃除をして、仕事開始。

どたばたと忙しい中、お昼になり、お弁当を食べながら、

先日の忘年会の写真と動画をCDに落とし、

午後になってから設計達に回すと、大喜びで動画を流し始め、

あまりのおかしさに、全員で涙を流して笑い転げた。

よっぽど気にいったのか、設計YとMは何度も繰り返し、

仕事そっちのけでげらげら笑っている。

それを通りすがりに見た工務の新人Kと専務Kは苦笑い。

特に二人羽織で酷い目に有った工務の新人君は、

来年は何しようと、目をキラキラ輝かせながら、

嬉しげに話す設計Yに、顔をひきつらせていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・可哀想に

| コメント (0)

2009年12月19日 (土)

風邪にはご注意

今朝、いつも通りに出社すると、休みのはずの設計Kが出社。

打ち合わせもないのにどうした?と思ったら、

仕事が忙しすぎて、休めなかったそうな。

・・・・・・・・・・・・・・大変やな

そんな私も山積みの仕事に追われながら、

来週のグループ全体の忘年会の準備も進めていく。

・・・・・・この体調で出席できるのかちょっと不安やけど

| コメント (0)

2009年6月 3日 (水)

葬儀を終えて帰宅して。

あれから、大和会館が全てを手配してくれ、

担当者達が、色々、心を砕いてくれたので、

滞りなく祖母の通夜を済ませ、仕事を終えた従妹も、夜に到着。

皆で大和会館に泊まっていたので、従妹も祖母と対面。

姫路駅に到着した時から呆然としていたが、

祖母を見て大泣きしていた。

宗教の関係でお焼香が出来ないし、

富士山で会った笑顔が最後の記憶になった方が良いという、

叔母の考えの元、葬儀にも来ない予定だったが、

出勤中、やっぱり会わないと絶対後悔すると考えて、

急遽、休みを取って駆けつけたそうな。

いつもはバリバリにメイクをしているのに、

どうしてもする気になれなかったと、完全にすっぴん。

1人になりたくないと言うので、お風呂も一緒に入った。

というか、土山の大和会館の控え室は、

何から何まで揃っていて、へたな旅館よりずっと豪勢だった。

皆で雑魚寝したが、電気は煌々と点いているし、

祖母は目の前に横たわっているしで、皆が寝不足。

結局、朝早くに起きてしまった。

夜は全員帰宅してしまった職員達が出勤して来たが、

喫茶室はまだ開いてなかったので、母と叔母を残し、

近所でカフェを探して、モーニングを済ませた。

祖母の実の娘2人の母達は食欲が全く無かったので、

ローソンでサンドイッチを買って戻り、それを少しかじっていた。

その後、至れり尽くせりのサービスで葬儀も無事済み、

お骨になった祖母を連れてお寺に移動し、初七日も済ませた。

家族を亡くし、呆然としていたし、何をしていいかも分からず、

何をする気も起きなかったので、大和会館が代わりに、

全ての事をしてくれた。

まだ若い担当者も、少し不慣れながらも一生懸命心を砕き、

全てを手配してくれたので、のんびりと祖母を見送れた。

・・・・・・・・・・・・・だから、凄い業績なのね。

その後、一旦、祖母と帰宅し、祭壇を整えると、

大急ぎでウーを迎えに行った。

動物病院に入ると、奥からウーが泣く声が聞こえる。

ケージから出されると、半狂乱で飛びついて来た。

すぐに帰宅すると、母が水を用意して待っていた。

ウーもぷりぷりお尻を振って、大喜びし、

異常な量の水を飲んでいた。

元々、ウーは1日2ℓも飲むが、病院には言い忘れていたので、

一般的な量しか飲ませていなかったんだろう。

その後、ホテルに戻っていた叔母達が到着した。

宿を取っていなかった従妹が泊まるので、

用意した布団を私のベッドの上に置いていたが、

ソファ代わりに座ろうと、布団を退けると、

中からべたべたになったドッグフードが出て来た。

一瞬、何か分からなかったが、どうやらウーが吐いたらしい。

ぎゃぁと叫んで、母と大慌てで片付けた。

先程、異常に水を飲んでいたのは、これの為か。

おかげで、母の布団と私のベッドは使えなくなった。

近所の「串鮮」で夕食を食べた後、また家に戻り、

のんびりお酒を呑んだ後、叔母夫婦をホテルに送った。

帰宅すると、従妹はお風呂に入った後で、

母がダイニングを片付けていた。

結局、布団は使えなくなったままなので、

ダイニングの座卓を跳ね上げ、私のベッドカバーを敷き、

枕と掛け布団を置いて、私と従妹が雑魚寝。

従妹が急に自分が泊まる事になったから、

硬い床の上に寝る事になってごめんねと言ったが、

布団はちゃんと有ったんだから、従妹のせいじゃなく、

用意していた布団を使い物に出来なくしたウーのせい。

しかし、突然、家族と引き離され、動物病院に置き去りにされ、

物凄く寂しかったので、かなりストレスだったのかも。

そうなると、誰のせいでもないのよね。

| コメント (0)

2009年5月31日 (日)

祖母が星になった日。

昨夜遅く、祖母の体調が悪く、病院に行こうとしたが、

相変わらず病院嫌いの祖母は行くのを嫌がり、

結局、睡眠薬を飲んで、寝る事にした。

しかし、飲んでも効かなかったのか、祖母の下痢は止まらず、

物凄く辛そうなので、母が付きっ切りで看病していた。

その後、明け方4時になり、容態が落ち着いたのか、

何も言わずに横になったので、そのまま寝かせる事にした。

朝になり、仕事が休みだった私はそのままのんびり寝ていると、

母が大慌てで私と、同じく休みだった弟を起こした。

なんと、祖母が息をしていない。

大慌てで駆け寄り、祖母の脈を診ると、動いていない。

すぐに、仕事中の父に連絡した後、消防署に連絡。

状況を説明すると、もう手遅れだろうが、確認に行くと言われた。

それでも、信じられなかった私は、母と2人掛かりで、

人工呼吸と心臓マッサージをしてみたが、

祖母は動かなかった。

結局、消防隊員が駆けつけ、死亡を確認。

掛かりつけの病院もなく、看取った人も居ないので、

警察が呼ばれ、検死が行われた。

その間、ひっきりなしに出入りする警察達に、ウーが興奮するので、

ウーの掛かりつけの病院に預かってもらう事にした。

死体検案書は検死官では書けず、医師に来てもらうので、

医師を待っている間に、ウーを病院に連れて行った。

状況も意味も事情も全く分からないウーは少しパニックだったが、

いつも私が枕の下に敷いている座布団と、

ウーの寝床に敷いているバスタオルと、

ウーが1人で遊ぶボール型のガムと、

ウーがいつも食べるドッグフードを渡して、大急ぎで帰宅すると、

丁度、医師が到着し、詳しい検死が行われた。

あれこれ調べた結果、急性肺炎になったが、

リュウマチのせいで弱っていた心臓がもたなかったらしい。

すでに東京の叔母に電話していたので、叔母達を待つ間、

葬儀屋に連絡して、葬儀の段取りをした。

祖母の生前からの希望で、家族だけの密葬になった。

暫くして、葬儀屋に手配してもらったお坊さんが来られ、

お経を上げてくれた。

部屋で横たわる祖母は、今にも起き出しそうなのに、

何だか、もう何をしても無駄ですよと言われたみたいで、

物凄くショックだった。

葬儀の手配を済ませると、叔母達が着くまでする事がなく、

まんじりともせず、静かに時間が流れていく。

時々、思い出したように、家族の誰かが泣く。

何だか、現実に起こった事じゃないみたいだ。

こんな時、ウーが居たら気が紛れるのにと、

何度も家族と話していたが、ウーも1人ぼっちで寂しいだろう。

誰よりも寂しがり屋で、家族が大好きなのに、

動物病院は夜になると誰も居なくなる。

入院患者が何匹か居たが、泣きすぎて具合が悪くなってないか、

物凄く心配で、こちらの事でもじりじりしてしまう。

ウーを迎えに行くのは明後日の予定。

・・・・・・・・・・・・・・大丈夫だろうか・・・

夜になり、東京から叔母夫婦が車で到着。

やっと、祖母と対面した。

実の娘である叔母は泣きはらしていたが、

祖母が苦しまなくて、本当に良かったと言っていた。

殆ど一睡もしてないだろうから、明日の朝に来ると言って、

1時間程でホテルに帰った叔母達。

家族もそれぞれの部屋に引き上げたが、

私はまだ寝られそうにない。

| コメント (0)

より以前の記事一覧